「チャーチルの日本人評」検証

広く流布している文面で現在辿れる最も古いソースは、1997年に日下公人が書いた『これからの10年』という本の記述。しかしながら毎日新聞社が翻訳した版の回顧録を見ると結構ニュアンスが異なる。

ウィンストン・チャーチル『第二次大戦回顧録』第11巻、毎日新聞社翻訳委員会訳、毎日新聞社、1951年11月20日発行

第二次大戦回顧録
また我々は外交交渉の細目的経緯をして日本を、ヨーロッパ戦争から単に無理のない程度の膨張または戦利品を求めたに過ぎない被害頓馬として、そして今狂信的に奮起させられ十分に準備させられた国民が受諾すべく期待され得ない提案を米国によってつきつけられたものとして描かせてはならない。長年の間日本は凶悪な侵入と征服によって中国を苦しめて来ていたのである。そして今インドシナの奪取によって日本は事実上、そして三国条約によって公式に、枢軸国と運命をともにした。日本は思う存分に振舞って、その責任をとればよいだけのことであった。 (399頁)

日下公人『これからの10年 - 日本経済、谷底からの再出発』、PHPソフトウェア・グループ、1997年発行

チャーチルが『第二次大戦回顧録』でこういうことを書いている。「日本人は外交や交渉ということを知らないらしい」。

イギリスが日本に要求を吹っ掛けると(チャーチルは「吹っ掛け」という言葉を使っていないが、外交の第一歩は当然吹っ掛けることから始まる)、日本は予想に反して反論してこない。「承知しました。その要求をのみますから、仲良くしましょう」とニコニコと受け入れてくれる。「それでは、われわれはイギリス国内へ報告する手柄にならない」とまでは書いていないが、政治・外交をするゲームの楽しみがないとチャーチルはボヤいている。たしかに少しは揉めてくれないと、政治家は仕事がない。だから要求をエスカレートして、「これも寄越せ」と言うと、それも「のみましょう」と言ってくる。ニコニコして日英親善だと言っているからそうかと思って、三回目、またエスカレートすると突然、顔つきが変わる。「イギリスは紳士の国だと思っていたが、悪逆非道の国である。もうこれ以上は我慢ならない。刺し違えて死ぬ」と言って突撃してくる。そんなに悔しいのなら、言えばいいではないか。なんで突然そう爆発するんだ、「外交なのだから、交渉すればいいじゃないか。日本人は不思議な国民だ」というのがチャーチルの主張だが、そのとおりなのである。

チャーチルがそう書いているのは昭和十六年十二月、イギリスが誇る東洋艦隊の主力戦艦プリンス・オブ・ウェールズとレパルスの二隻をマレー沖で日本海軍航空隊に沈められたときで、シンガポールを失う予感に沈みこんでいたときである(もしかしたらインドも)。だから言外の意味は、日本をなめて自分はやりすぎの失敗をしたという反省なのだが、それを認めたくないから、開戦を決意するほど苦しいのなら、それをあらかじめイギリスにわからせて妥協点を探すのが政治外交なのに……、と書いているのである。 (158-159頁)
とこのように日下公人は記している。

『WiLL』2005年8月号、ワック

日下公人『繁栄のヒント』

チャーチルの『第二次世界大戦回顧録』のなかにこんなことが書いてある。

日本人は無理な要求をしても怒らず、反論もしない。笑みを浮かべて要求を呑んでくれる。
しかし、これでは困る。反論する相手を捩じ伏せてこそ政治家としての点数があがるのに、それができない。
それでもう一度無理難題を要求すると、またこれも呑んでくれる。
すると議会は、いままで以上の要求をしろという。無理を承知で要求してみると、
今度は、笑みを浮かべていた日本人はまったく別人の顔になって、
「これほどこちらが譲歩しているのに、そんなことをいうとは、あなたは話の分らない人だ。ことここにいたっては、刺し違えるしかない」
といって突っかかってくる。

これは、昭和十六年(1941)年十二月十日、マレー半島クァンタンの沖合いでイギリスが誇る戦艦プリンス・オブ・ウェールズとレパルス の二隻が日本軍によって撃沈されたときの日記だが、
チャーチルは、これによってイギリスはシンガポールを失い、インドでも大英帝国の威信を失うのではないかと心配しながら書いている。
チャーチルは、「日本にこれほどの力があったのならもっと早くいってほしかった。日本人は外交を知らない」と書いている。
つまり、日本は相手に礼儀を尽くしているだけで外交をしていない、外交はかけひきのゲームであって誠心誠意では困る、ということらしい。
日下公人の記述を見ると、チャーチルは「日記」にこう書いたとの事。

日下公人『闘え、日本人 外交とは「見えない戦争」である』、集英社インターナショナル、2005年発行

そう言えば、チャーチルは友人への手紙の中で、こう書いている。

「日本人は無理な要求をしても怒らず、反論をしない。笑みを浮かべてこちらの要求をすんなり呑んでくれる。
しかし、これでは困る。反論する相手を説得し、ねじ伏せてこそ政治家の業績になるというものだからだ。
そこで今度はさらに無理難題を要求してみると、これもまた呑んでくれる。
こうなると議会から『今まで以上の要求をしろ』と言ってくる。無理を承知でそれを言うと、
突然、日本人はまったく別人のような顔になって、
『これどに譲歩に譲歩を重ねたのに、こんなことを言うとはあなたは話の分からない人だ。事、ここに至っては、刺し違えて死ぬしかない』
と言ってつっかかってくる」

彼がこう書いているのは、日本が英米に宣戦布告をした直後のことである。
当初、チャーチルは東南アジアに南進してきた日本軍の実力を舐めていた。
イギリスが誇る東洋艦隊には新鋭戦艦の「プリンス・オブ・ウェールズ」と巡洋戦艦「レパルス」がある。これに対して、日本の南方部隊には 「金剛」「榛名」という、艦齢二七年の旧型戦艦しかない。この両者が対決すれば、かならずイギリスが勝つというのが「当時の常識」である。
しかし、日本は新戦法を用意していた。それが航空部隊による艦船攻撃という方法で、
海軍の陸上攻撃機(一式陸攻と九六式陸攻)八五機が魚雷と爆弾による攻撃を実施し、
わずか二時間ほどで「プリンス・オブ・ウェールズ」は撃沈され、「レパルス」も転覆して海中深く沈んでしまう。
つまり、イギリス東洋艦隊は壊滅してしまったのである。

チャーチルはこの知らせを聞いて、先ほどの言葉を書いているのだが、
彼としては「日本人が最初から、これだけの実力と覚悟を持っていることをこちらにそれとなく教えてくれていたら、
妥協する余地はいくらでもあった。それなのに日本人は黙って何も言わないから、我々は大変な目に遭った」と言っているのである。
(50-52頁)
日下公人の記述を見ると、チャーチルは「友人への手紙」にこう書いたとの事。

日下公人『よく考えてみると、日本の将来はこうなります。』、ワック、2006年発行

チャーチルはこんなことをいっている

日本人は無理な要求をしても怒らず、反論しない。笑みを浮かべて要求を呑んでくれる。
しかし、これでは困る。反論する相手を捩じ伏せてこそ政治家としての点数があがるのに、それができない。
それでもう一度無理難題を要求すると、またこれも呑んでくれる。
すると英国議会は、さらにいままで以上の要求をしろという。無理を承知で要求してみると、
今度は、笑みを浮かべていた日本人がまったく別人の顔になって、
「これほどこちらが譲歩しているのに、そんなことをいうとは、あなたは話の分からない人だ。ことここにいたっては、刺し違えるしかない」
といって突っかかってくる。

これは、昭和十六年(1941)年十二月十日、マレー半島クァンタンの沖合いでイギリスが誇る戦艦プリンス・オブ・ウェールズとレパルスの二隻が日本軍によって撃沈されたときの感想だが、
チャーチルは、これによってイギリスはシンガポールを失い、インドでも大英帝国の威信を失うのではないかと心配しながら書いている。
チャーチルは、「日本にこれほどの力があったのならもっと早くいってほしかった。日本人は外交を知らない」という。つまり、日本は相手に礼儀を尽くしているだけで外交をしていない、外交はかけひきのゲームであって誠心誠意では困る、ということらしい。
(129-131頁)
これは2005年の「繁栄のヒント」の再録と思われるが、元の文章にあった『第二次大戦回顧録』が『こんなことをいっている』となっていて微妙にぼかされている。また『日記』も『感想』になっていてこれも微妙にぼかされている

日下公人『アメリカに頼らなくても大丈夫な日本へ』、PHP研究所、2006年発行

日本には力がある。日本は、訪れる国難のレベルに応じて自らを決する力、ポテンシャリティ(潜在能力)を持った国である。
しかし、その力を活かす外交技術においては歴史に学ぶ必要がある。

たとえば一九四一年(昭和十六)年十二月十日、イギリスが戦艦プリンス・オブ・ウェールズとレパルスをマレー沖で日本海軍航空隊の雷爆攻撃によって失ったとき、時の首相チャーチルは、
「日本人は不思議な国民である。交渉ということを知らないらしい。交渉の最初はどこの国でも少しは掛け値を言うものだが、
日本人は反論せずに、微笑をもってそれを呑んでくれる。そこでもう少し要求をエスカレートさせてみると、
また微笑をもって呑んでくれる。しかし、それを続ければ、あるとき突然顔を上げると、
その顔は別人になって、刺し違えて死ぬとばかりに攻撃してくる」という述懐を残している。

チャーチルが言いたかったことは、”そんなに苦しいのなら、思いつめる前に言ってくれればよかった。
そうすれば、イギリスだって戦艦とシンガポールを失わずに済んだ。”という後悔である。
国家と国家が親善と戦争の間を「交渉」によって行きつ戻りつするのは、
政治家にとってはゲームのような楽しみなのに、日本人には両極端しかないのか、という驚きの念がそこには感じられる。
(24-25頁)
日下公人の記述を見ると、チャーチルはこう「述懐」したとの事。

『諸君!』2008年2月号、文藝春秋

麻生太郎『「保守再生」はオレにまかせろ!』(聞き手:宮崎哲弥)

麻生 オレが尊敬するチャーチルの『第二次大戦回顧録』に、興味深い記述がある。

<日本人は無理な要求をしても怒らず、反論もしない。笑みを浮かべて要求を呑んでくれる。
しかし、これでは困る。反論する相手をねじ伏せてこそ政治家としての点数があがるのに、それができない。
それでもう一度無理難題を要求すると、またこれも呑んでくれる。
すると議会は、いままで以上の要求をしろという。無理を承知で要求してみると、
今度は笑みを浮かべていた日本人がまったく別人の顔になって、
「これほどこちらが譲歩しているのに、そんなことをいうとは、あなたは話のわからない人だ。ここに至っては、刺し違えるしかない」
と言って突っかかってくる。
英国はその後マレー半島沖合いで戦艦プリンスオブウェールズとレパルスを日本軍に撃沈され、シンガポールを失った。日本にこれほどの力があったなら、もっと早く発言して欲しかった。日本人は外交を知らない>
ここに日本外交の本質が凝縮されてるね。日本では、黙って「ハイ」と答えることが美徳とされる。要求をしたほうは、相手の表情や仕草の微妙な変化を察するのが美徳とされる。しかし国際社会では、お互い自分の要求を明瞭な言葉であらわさない限り、交渉は成立しないわけさ。

『別冊正論Extra.09』、産経新聞社、2008年発行

日下公人『YESと言わせる日本 智慧と実力と大きな心』

一九四一年十二月十日、イギリスが"不沈艦"と誇った戦艦プリンス・オブ・ウェールズとレパルスをマレー沖で日本海軍航空隊の雷爆攻撃によって失ったとき、時の英首相チャーチルは、
「日本人は不思議な国民である。交渉ということを知らないらしい。交渉は最初はどこの国でも少しは掛け値を言うものだが、
日本人は反論もせずに、微笑をもってそれを呑んでくれる。そこでもう少し要求をエスカレートさせてみると、
また微笑をもって呑んでくれる。しかしそれを続ければ、あるとき突然、
顔を上げその容貌が別人になって、刺し違えて死ぬとばかりに激しく攻撃してくる」という意味の述懐を残した。

チャーチルが言いたかったことは、"そんなに苦しいのなら、そんなにこちらの要求が不当だと考えていたのなら、思いつめる前に言ってくれればよかった。
そうすれば、こちらも相応の妥協点を考え、戦艦とシンガポールを失わずに済んだ"という後悔である。
国家と国家が親善と戦争の間を「交渉」によって行きつ戻りつするのは、
政治家にとってはゲームのような楽しみなのに、日本人には両極端しかないのか、という驚きの念がそこには感じられる。

日下公人『「超先進国」日本が世界を導く』、PHP研究所、2012年発行

繰り返すが、日本には力がある。日本人は訪れる国難のレベルに応じて自らを決せられる力、ポテンシャルを持っている。

だが、誰であれ指導者たらんとするならば、その力を活かす外交術を歴史に学ぶ必要がある。
大東亜戦争時の指導者に最も欠けていたのがそのセンス、柔軟な感覚だった。

たとえば一九四一年(昭和十六)年十二月十日、日本海軍航空隊は、イギリスが誇る戦艦プリンス・オブ・ウェールズとレパルスをマレー沖であっという間に撃沈した。時の首相チャーチルは、
「日本人は不思議である。交渉ということを知らないらしい。交渉の最初はどこの国でも少しは掛け値をいうものだが、
日本人は反論せずに、微笑をもってそれをのんでくれる。そこでもう少し要求をエスカレートさせてみると、
また微笑をもってのんでくれる。しかし、それを続けると、
あるとき突然顔を上げたその顔は別人のようになっている。刺し違えて死ぬとばかりに攻撃してくる」と述懐した。

「それほどに苦しいのなら思いつめる前にいってくれればよかった。そうすれば、イギリスだって戦艦とシンガポールを失わずに済んだ。」
というチャーチルの後悔の言葉である。
国家と国家が親善と戦争のあいだを「交渉」によって揺れ動くのは、政治家にとってはゲームの楽しみなのに、
日本人には両極端しかないのか、という驚きの念がそこにはある。
(145-146頁)

西尾幹二+現代史研究会『自ら歴史を貶める日本人』、徳間書店、2012年12月31日第一刷発行

西尾

日本人は今、世界を見ないとか見えないという問題以前に、縮こまってしまっている。舐められて利用されるだけに終わってしまっている。

しかし、日本人は突然に変わり出します。チャーチルもこういうことを言っています。
「日本人は何も言わないでおとなしくしていたと思ったら、いきなりプリンス・オブ・ウェールズを撃沈した。言いたいことがあるなら、なんでもっと早く言ってくれないのか。そうしたら我々も考えたのに」(笑)

日本人はそういうところがあります。我慢していて、怒りがどんどん高まってきて決壊する。先の戦争はそういうものでした。
(48-49頁)
西尾幹二のチャーチル云々の出典は特に示されていない。
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